まどれーぬの音楽帳

クラシック音楽(主にピアノ曲)が好きな主婦です。好きな曲、好きなピアニスト、再開したピアノレッスンのこと、コンサートの感想などを気ままに綴ります。

3/13 第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール公式記者会見@トッパンホール

f:id:madeleine-piano:20180316164214j:plainアナウンスがあった時から興味津々だった、今年の9月にポーランドで開催される「第1回ピリオド楽器ショパン国際コンクール」。その公式記者会見が3/13にトッパンホールで開かれ、一般も聴講可とのことで、聞きに行ってきました。ポーランドから遠く離れた極東の地(!)で公式記者会見をやって下さるとは、何やら、熱の入り方がすごい…と驚いたのですが、コンクールの紹介だけにとどまらず、ピリオド楽器の演奏レクチャー等を含む、大変充実した内容の会見でした。拙い文章ではありますが、ここで内容をご紹介したいと思います。

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↑舞台上に並ぶピアノ、左からErard 1845,真ん中奥はSteinway,右はPleyel1848

 

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第1部 記者会見とダン・タイソン氏によるプレゼンテーション

記者会見

記者会見はヤツェク・イズィドルチク駐日ポーランド大使のご挨拶からスタート。その後、国立ショパン研究所(以下NIFC)マチェイ・ヤニツキ副所長とヨアンナ・ボクシチャニンさんより、NIFCと2つのショパンコンクールについての紹介がありました。NIFCは、ショパンの曲、楽譜など、ショパンの遺産を管理するために2001年に開設された機関で、1927年に始まったショパン国際ピアノコンクール(いわゆるショパコン、ですね)は2010年よりこちらの機関が運営しています。次回のショパンコンは2020年に開催予定で、チケットは2019年10月1日~発売します(ので、皆さん来てね!)、という簡単な告知の後、いよいよピリオド楽器コンクールのお話へ。まず、コンクール開催の主旨の説明がなされたのですが、これが興味深いものでした。

 

マチェイ・ヤニツキ副所長:NIFCはショパンをピリオド楽器で演奏することを最重要視しています。その目的は、ピリオド楽器の魅力を知って頂くというより、知られざるショパンの魅力を知って頂くためにあります。ピリオド楽器による演奏は私たちの感受性を開かせ、またモダン楽器の演奏を補完する…いわば相互的な関係があります。ショパンの音楽はピリオド楽器と切っても切り離せない深い関わりがあり、そこには真実のショパンの姿(Real Chopin)があり、モダン楽器によるショパンは別のショパンであるとさえ言えます。ショパンはサロンにおいて親密な雰囲気で演奏することを大切にしており、当時の批評家は「ショパンの音楽を聴くことは、私たちの耳に顕微鏡をつけることである」と言っていました。私たちはピリオド楽器の収集につとめ、「ショパンと彼のヨーロッパ音楽祭(Festival Chopin and his Europe)」では古楽器によるオーケストラにショパンのみならず、同時代の作曲家の曲の演奏をしてもらったり、”The Real Choin"というCDのレーベルを立ち上げ、ショパンの全作品をピリオド楽器の演奏で録音をしております。このような活動を背景に、今回、ピリオド楽器ショパンコンクールを開催する運びとなりました。

 

私自身はピリオド楽器によるショパン演奏はかなり好意的に捉えていましたが、一般的にはマイナーだし、ピアノ好きな方でも「ピリオド楽器はあんまり…」と思う方の存在も理解しているので、このコンクールはどうなのだろう?と実は思っていたのですよね。でも、NIFCの方々の並々ならぬ熱意に俄然期待が高まりました。(ここまで古楽器推しの活動をされてるとは、知らなかったというのもあり。)

この後、コンクールに付随して8/10~15に現地で開催されるワークショップの紹介、コンクールの参加規定や、スケジュールなどの実務的な説明がありました。コンクール参加者向けの情報が主でしたが、ピアノファン向けにも気になる情報をかいつまんで記しておきます。

 

<第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール>

開催期間 2018年 9月2日~14日

9/2、3 オープニングコンサート

9/4~ <第1次予選> 課題曲 J.S.Bach 平均律、ショパンの初期のポロネーズ、ショパンと同時代の曲、ショパンエチュード、ショパンのバラードor 舟歌

    <第2次予選> 課題曲 マズルカ、ポロネーズ(2次予選よりネット配信開始)

9/13 <本選> 課題曲 ショパンのピアノ協奏曲1番or2番

9/14 ガラ・コンサート

チケット発売:2018年5月15日~

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ダン・タイソン氏によるピリオド楽器 プレゼンテーション

コンクールの審査員を勤められる ダン・タイ・ソン氏が舞台に登場し、ピリオド楽器のプレゼンテーションへ。舞台上には2台のピリオドピアノ(エラールとプレイエル)と、1台のスタインウェイが並べられています。

ダン・タイ・ソン:今日はピリオド楽器の素晴らしさを知って頂くというよりも、モダンピアノとの違いを知って頂きたいと思っています。モダンとピリオドの違いはまずその演奏方法にあります。モダンピアノは全身を使って演奏しますが、ピリオドピアノはとりわけ指先に神経を集中させます。私はワルシャワで初めてピリオドピアノで演奏をしたとき、ピアノであってピアノでない、未知の感覚に興奮を覚えました。

ショパンの時代はピアノはサロンや、小さいホールで演奏されており、それらの場所にはタッチが柔らかく繊細(Frgile)なピリオドピアノは適していました。時代が進むにつれ、コンサートホールは巨大化し、ピアノもブライトで大きな音が出る、パワフルなものが求められるようになりました。

ピリオドピアノの音の特徴はあたかく、親密であり、モダンピアノをフルボイスで歌うオペラ歌手に例えるなら、ピリオドピアノは歌曲を歌うリート歌手、に例えられます。後者は声のパワーで聴かせるのではなく、歌詞を伝えます。モダンピアノは「歌い」、ピリオドピアノは「語る」のです

 

なんて含蓄のあるお言葉!この後、ソン氏は「別れのワルツ」「夜想曲」(番号失念)の数小節をモダンとピリオドでそれぞれ演奏して下さいました。モダンでの演奏は「お馴染みの」という感じで、ペダルの余韻が残るロマンチックな響き。それに対してピリオドピアノの演奏は音の減衰が早く、音がもっさりしない(歯切れがよい)感じで、確かに、「語る」という言葉がしっくりきます。

 

ダン・タイ・ソン:ピリオドピアノでは音がくっきり聴こえ、語る(Speak)の意味がお分かりなったかと思います。モダンピアノではペダルの踏み替えが必要な箇所でも、ピリオドピアノならこのように1ペダルで弾ききることができます。ピリオドピアノの演奏で真実のショパンの響きを知ることは、モダンピアノの演奏をする上でも役立つことと思います。

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第2部:小倉喜久子さんによるピリオドピアノのレクチャー

休憩を挟んで午後にはフォルテピアノ奏者、小倉喜久子さんによるレクチャーが行われました。ピリオドピアノの特徴や、ショパンがその特徴をどのように作曲に生かしたか、等の大変興味深いお話を伺いました。

エラールとプレイエルの違い

小倉:ショパンはよほど調子が良いときでないとプレイエルを弾きたがらなかったと言われており、それは2つのピアノのアクションの違いによるものでした。エラールは現代のグランドピアノと同じ、ダブルエスケープメントと呼ばれるアクションを採用しており、鍵盤を上まで戻さなくても連打が可能、よってどんな時でも良い音を出すことができました。それに対し、プレイエルはシングルエスケープメントと呼ばれるアクションで、鍵盤を上まで戻さないと次の音を打鍵できず、よりデリケートな操作が必要になりました。繊細なタッチを伝えるためには、指と鍵盤が密接でないといけません。

説明されながら、エラールとプレイエルを弾き比べて下さる小倉先生。耳を澄ませて聴くと、プレイエルの方がエラールより音がか細く、現代のアップライトピアノに近い雰囲気の音がします。

 

楽器の特性とショパンの作曲技法

小倉:ショパンの作曲技法には不均等さ、という言葉がキーになります。まず、ショパンは指の不均等を作曲に生かしたと言われてますが、同時に音色の不均等も作曲に生かされました。モダンピアノはどの音域でも音色が同じで均等なのですが、ピリオドピアノは高音域に行くほど、痩せて華奢な音色(不均等)になります。ショパンの曲には高音域の細かい音の並びがよく登場しますが、モダンピアノで弾くとキラキラを通り越してギラギラとなってしまう、ちょっと悪趣味になってしまうような音も、ピリオドピアノではそのようなことにはなりません。

ショパンに出てくる高音の装飾のような複雑な旋律、私はピアニストによりけりですが時に耳障りに感じていたので、大きく頷いてしまいました。痩せた音で高音を弾いたときに貧弱に聴こえないようにショパンが曲作りに施した工夫…あの音の並びは、華奢な音色のピリオドピアノで弾くからこそ、魅力的に響くのですよね。

 

楽器の特性を踏まえた上での奏法

小倉:ピリオド楽器は繊細な楽器で、ペダルのアクションもモダンピアノとは異なり、強く踏むと壊れてしまいます。ショパンは弟子たちに「腕が宙に浮くように(腕の重みをかけずに)、ピアニシモで弾く練習をしなさい」と言っていました。また、ショパンは大きいホールでオーケストラと演奏することを好まず(自分のピアノの音が聴こえないいから)、弟子たちが鍵盤を強く叩くと「犬の遠吠えのようなフォルテだ」とたしなめたと言われています。モダンピアノで弾くときには、ショパンのアドバイスはあまり役立たないかもしれません。現代のピアノができることはできない、と捉えるのではなく、現代のピアノとは異なる繊細なタッチが要求されるものだと考えて下さい。

 

ノクターン2番(Op9-2)のエキエル版(ナショナル・エディション版)

小倉:ショパンは即興演奏の名手であり、エキエル版には、ショパンが弟子のために即興部分を楽譜に書き込んだものがそのまま収録されています。この即興(バリアント)なんですが、音の余韻の長い現代のピアノではやりたくならないんじゃないかと思います。例として、ノクターンのOp9-2なんですが、32小節目以降、ワンペダルで細かい音を沢山弾くようになっています。これを音の減衰が早いプレイエルで弾くと、どうなるでしょうか?

 

そう前置きされた上で、小倉先生がプレイエルでノクターン2番のエキエル版を弾いて下さったのですが、耳慣れたノクターンとは全く違う印象を受けました。もともと、ショパンのノクターン2番は高音にちゃらちゃら(キラキラ?)した装飾が入ってますが、それがもっとずっと派手になっています。でも、プレイエルの、ペダルを使用していても決して濁らない、乾いた音で弾かれると、それが全くうっとおしくなく、上品なレース飾りのように可憐に響きます。当時のショパンがサロンの親密な雰囲気の中で演奏し、ご婦人がたが耳を傾けた光景が目に浮かびました。

 

ピリオドピアノの試弾

 ピリオドピアノの試弾をされたい方はどうぞ前の方へ、ということで、10名余りの方々が舞台上へ上がられました。終了までの時間があと20分くらいだったため、一人2分くらいでお願いします、みたいな告知をされていた模様。え、私…?興味はあったのですが、遠慮しましたよ…いや、だって、真面目にコンクール出場をお考えの方もいらっしゃってるかもしれない横で、完全な素人の私が弾くのはどう考えても申し訳ない…実際、音大生らしい若いお嬢さんやピアノの先生らしき方、さらに、某若手ピアニストの方2名(お顔で分かってしまいました^^;)が試し弾きされていました。みなさん弾かれてる曲はもちろんショパン、ショパン!エチュード10-1、バラード1番やワルツ、アンダンテスピアナート、などなど、数小節弾かれてるだけでも「お上手!」というのがよく分かる腕前の方ばかりで、耳の保養をさせて頂きました^^

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↑こちらはエラール。内部を見ると、あまり金属が使われてないのが分かります。

感想まとめ~真実のショパン、とは~

ショパン研究所の方のお話や、ダン・タイソン氏、小倉喜久子さん、両者による実演を交えたレクチャーは、限られた時間の中でピリオドピアノによるショパン演奏の魅力を充分に伝えてくれたと思います。スタインウェイとエラール、プレイエルをホールという贅沢な空間の中で同時に聴き比べる機会はあまりないですし、同じ条件で演奏されたピリオドピアノが、モダンピアノに聴き劣りすることは決してないことが分かりました。

ブリリアントで豊かな音色の余韻が続くスタインウェイ、はきはきとしているが繊細な音色がすぐ減衰するプレイエル…どちらを好むのかというのは人それぞれだとは思いますが、私はやはり、後者の方が「素朴な上品さのある音色がショパンの音楽に心地よくフィットしている」と感じました。

あまり言うと角が経ちますが、正直、これまで私が耳にしてきた数多のモダンピアノによるショパン演奏で植えつけられたイメージとは、「大きなホールを派手な技巧で圧倒する、または過剰にロマンチックで甘ったるい」というものでした。(そのイメージの根幹に、パワフルなモダンピアノの音色があったことは間違いありません)それらの演奏と、小さなサロンで親しい友人達を前に親密な演奏をすることを好んだショパンの実像がいまいち結びつかなかったのですが、ピリオドピアノの実演に接することで謎が解けた、という感じです。

とはいえ、先に記したように、ショパン研究所の方や、ダン・タイソン氏は何もモダンピアノの演奏を目の敵にしているわけではなく…(笑)「ピリオドピアノのショパンの魅力を知ることはモダンピアノの演奏をする際の手助けになる」との言葉通り、今回のコンクール開催がピリオド楽器による演奏の普及を目指しつつも、モダンピアノの演奏と共に相互発展をしていきたい、という願いがこめられているのは明らかでした。

少し前から、バッハを含む古楽のピリオド演奏が一般的になりつつも、モダン楽器の演奏と共存しているように、ショパンの演奏もそんな形で両者が当たり前のように共存していくようになれば面白いな…なんて思ったのでした。

というわけで、コンクールの成功を心よりお祈りいたします!

 

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↑国立ショパン研究所の皆様とダン・タイソン氏。ありがとうございました。

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 ↑資料がこんな素敵なファイルに入ってましたのよ!

 

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