3/16 アレクサンドル・タロー ピアノリサイタル @銀座ヤマハホール
✩プログラム✩
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV 988
(アンコール)
ドメニコ・スカルラッティ:ソナタ ニ短調 K.141
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(ごめんなさい、タローさんとタローさんのファンの皆様)最初に謝っておきます。タローさんの生音を聴くのは初めてだったのですが、今回はちょっと想像と違っていて、驚きつつ、ちょっと落胆した部分があり、正直に感想を書こうか迷いましたが、記録として残しておきます。
ゴルトベルク変奏曲は私がクラシックの鍵盤楽曲ではいちばん愛する曲で、録音では大抵の演奏はわりと受け入れられるし、タローさんの演奏も特に気になるところはなかったのですが…(というか、好きだからチケットを買ったのだ^^;)
初めて接したタローさんの生ピアノの音、弾きだしてまず思ったのは「あれ、音がこもってる」です。当日、外は雨だったのでそれが関係しているのか?(いや、一流ホールだし、それはありえないか)、それとも、YAMAHAのピアノの音の個性なのか、ピアノの音に一枚紗がかかっているかのような感じ。アリアはシンプルな構成だからまだそれほど気にならないのですが、変奏が進むにつれて音の重なりが複雑になっていきます。そうなると、いかに3声をクリアに聴かせるてくれるか、というのが私の重大な関心事なのですが、音質もさることながら、タローさんはペダルを多用する方だったようで、時折3声の音の絡み具合が行方不明になってしまいました。(特に中音域と低音域の混ざりが激しかった)それぞれの声部の音量コントロールも唐突な感じが否めずで、急にバスが出張ってきたり、ソプラノが叫んだりするので、落ち着きませんでした。私にとってこの曲は、あまり余計な小細工をせずに、3人が機嫌よく、美しく歌ってくれたら充分なのだな、と改めて。
静かに弾いてくれた変奏は叙情に満ちていてとてもよかったので、全部を否定するわけではないのですが…ペダルを多用するスタイルと、YAMAHAの少しモヤがかかったような音の相性はよくないのかもしれない、と思いました。
神経質そうなオーラを漂わせながら、修行僧なような面もちでこの長大な曲を弾くタローさんを見ていて、彼に苦行をしいているような罪悪感が生まれてしまったのもちょっと辛かったです。(最近、若いエネルギーがほとばしる生演奏ばかりに触れていたせいなのかもしれませんが)
これまでこの曲の実演はシフ、セドリック・ペシャ、ジャン・ロンドー(チェンバロ)フランチェスコ・トリスターノ、を聴いたことがありますが、それぞれの奏者の曲との向き合い方が如実に表れるというか…内面が曝け出される曲だな…と改めて思いました。(内面、というか、力量、と言い換えてしまうとあまりにも辛すぎますでしょうか…)
ゴルトベルクが終わり、このままではちょっとやり切れないな…と思っていたのですが、アンコールのスカルラッティK.141の躍動感にやっと救われました。スカルラッティのギャラントな感じにはペダルを思いっきり踏んでじゃらーんという雰囲気の音はよく合っていたと思います。タローさんもやっと力が抜けてリラックスしているのがわかって、ああ、本編もこれくらい気楽に弾いてほしかったな…と。
身も蓋もない感想になってしまいましたが、別のピアノ、別のプログラムならもっと違う感想を持ったかもしれないし(それとも、タローさんはYAMAHAユーザーなのでしょうか?詳しくなくてすいません)、再聴する機会があることを願っています。
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